不安で孤独な公務員浪人を耐えてから今思うこと


リクストリーム管理人で元警察官の桜井陸です。

大阪居住で年齢は30代の既婚です。

僕は警察官になるまで3年間の公務員浪人をしたのですが、その逆境体験は苦労を乗り越える力を養うだけでなくどんな逆境が来てもへこたれない力を与えてくれました。

逆境を乗り越えた成功体験というのは財産です。

成功体験というのは人それぞれですが、成功を体験するとどんなことが起きても「あの逆境を乗り越えたんだから今度も成功できるに決まっている」という強い自信をもつことが出来ます。

公務員試験は孤独な戦いです。

時に自分自身が信じられなくなりますよね。

僕は公務員試験で孤独に戦う状況をゴールが分からないマラソンと呼んでいます。

 

どこにゴールがあるのか、そもそもゴールなんてあるのかもわからない恐怖や不安、葛藤。

今回は僕がそんなマラソンを乗り越えた3年間の逆境についてお話しします。

運命の出会い

僕が民間会社を辞めたある日のことです。

実家の玄関に付いているインターホンを修理しているとすぐ近くにバイクが止まりました。

制服姿の警察官でした。

 

警察官を間近で見るのはほとんどなかったのでオドオドしていると、40代後半の警察官は「今日は巡回にきました。ここは僕の受け持ちなんでね。困ったことはありますか?」と優しく話しかけてきたのです。

僕は「いやあ、会社を辞めたから仕事に困ってるくらいですよ」と冗談ぽく答えると彼は「そうか。それなら警察官になってみるといい。」と真剣に答えました。

警察官という職業を知る

警察官になる。

考えたこともありませんでした。

警察官は就職して就く職業というよりも選ばれた人間だけが警察官になれるという意味不明なイメージしかなかったのです。

 

「興味あるなら受験票を持ってきてあげよう。これも何かの縁だろう。」と言うと彼は数分後、約束通りに受験票を僕の家に持ってきてくれました。

僕に受験票を渡すと彼は「応援してます」とニコッと笑い、凛とした表情で前を見ると颯爽とバイクで立ち去りました。

天職を知った瞬間の喜び

僕はその時、「これだ!」と心が震えるくらい歓喜したのを覚えています。

営利目的で働くよりも市民の幸せを追求して給料をもらえるなんてすごいやりがいがあるじゃないかと。

しかも警察官は公務員でモテるし給料もいいなら言うことないじゃないか、という黒い心があったのも事実です。

僕はその日から警察官の試験勉強を開始しました。

 

そして迎える警察官採用試験日。

警察官の試験なんて簡単だろうとたかをくくっていたのだが、現実はそう甘くなく筆記試験であえなく落ちてしまうのです。

 

そして試験会場で僕は公務員試験を受験するのに不利だとハッと気付きました。

試験難易度は一般大卒レベルなのですが、僕は大学まで一教科だけの推薦入学で受験してきたので他の教科は全く勉強したことがなかったのです。

 

物理や化学など中学から勉強したことなかったので、本屋で中学生向けのテキストを買って勉強したのを思い出します。

当時は情けなかったけれど、今となってはいい勉強できたなあと思います。

甘えを捨てて勉強を開始する

受かるまで受けてみよう。

僕はそう決めると公務員予備校に入学して警察官を目指して真剣に勉強を初めました。

警察官の試験は年に3回行われます。

 

つまり合格できるチャンスは3回もあるのです。

1年目、僕はアルバイトをしながら受験勉強していました。

まだ遊び半分で自分に甘えた気持ちがあったのです。

フリーターってやばいんじゃないんだろうか

試験になかなか合格しない不安。

アルバイトと公務員予備校の毎日。

真面目に勉強して受からないと一生を棒に振るかもしれない。

僕は恐怖を感じるようになり、そこからはアルバイトを辞めて勉強に専念しました。

 

家と図書館の往復だけで誰とも会話しない日々が続きます。

大学時代の友人に公務員浪人は秘密にしていると「お前それで大丈夫か?」と居酒屋で説教されました。

美容院に行くと「今日はお休みですか?なんのお仕事ですか?」と何度も聞かれたので「無職ですよ」と答えると美容院がシーンとなりました。

もう世間とは少し離れて勉強しなければ、と強く思いました。

孤独との戦い

ここから孤独の戦いが始まりました。

孤独に戦うからには、自分の目標を誰にも話さないようにして弱音も愚痴も悩みも全て飲み込みました。

図書館では朝の9時開館から夕方5時閉館まで勉強して、帰宅すると筋トレして肉体作りする毎日。

 

図書館で勉強するときはお昼ご飯を外食するお金もないので、自宅でおにぎりを握ってアルミホイルに巻いて公園で食べました。

冬には雪が降る中公園でおにぎりを食べていると寒くて体がガタガタと震えてアルミホイルがガシャガシャと鳴り、その寂しい音を今でも覚えています。

唯一の楽しみは図書館で本を借りて家で読むことで、一日に借りれる限度冊数の10冊をほぼ毎日リュックサックに詰めて帰宅していました。

遠い合格への道のり

それでも年3回の試験には合格しませんでした。

警察の試験は一次試験が筆記、二次試験が面接と体力試験なのだが毎回一次試験で落ちてしまうのです。

次こそ合格できるから。僕は毎回自分に言い聞かせて勉強しました。

 

誰にも連絡しないので携帯電話が半年に1回鳴る程度になりました。

服は父が友人の問屋からもらった古いトレーナーを毎日着ていました。

髪はヒゲ剃りのシェーバーで無茶苦茶に剃って虎刈りみたいな坊主頭にしていました。

 

ここで諦めたら絶対に後悔する。

僕はもう意地で勉強していました。

合格したら颯爽と街を歩くことが夢になった

夢はおしゃれな私服を着て街を歩いて美容院に行って「お仕事は何をしているんですか?」と聞かれたら「警察官です」と答えることでした

普通に電車に乗ったり街で買い物したり、居酒屋で友人と語ったり当たり前のことがしたかった。

公務員浪人は世間の目が厳しく、僕もまた人の目を気にしすぎるあまり「当たり前の日常」を送ることさえできなくなっていました。

独りが及ぼすマイナス思考

一人きりになると気持ちはどんどんとマイナスになります。

誰にも相談できないという不安。

未来への恐怖。

もし合格できなければもはや何も残されていないのです。

日記は友達代わりだった

僕は公務員浪人の間、毎日日記をつけていました。

話しかける友達もいないので友達代わりでした。

そこには未来日記として合格したらやることを書いていました。

 

合格した日は携帯の着信メロディーを大好きな「G線上のアリア」にしてみんなに合格発表をする。

自信を持って美容院に行く。

スーツを着て街を颯爽と歩く。

未来日記には小さな夢がどんどんと膨らみました。

ついに一次試験に合格する

そして、ついに一次試験に合格する日が来たのです。

僕は大学時代に好きだった子へ1年ぶりにメールをしました。

合格する気まんまんでした。

 

メールで「もうすぐ仕事が決まるから会おう」と送信しました。

すると返信は期待していなかったのに数時間後、なんと彼女から「いいよ。楽しみに待ってるね。」と返事がきたのです。

合格を目前にして

この時、人生はこうやって開けてくるんだなと実感しました。

公務員になって好きな子と付き合う。こんな幸せは他にないだろうなと。

僕は、悠々とした顔で二次試験に臨みました。

初めての面接

面接室のドアをノックして中に入ります。

面接官(警部級の偉い警察官)から色々なことを質問されました。

当時、僕は緊張するとうまく話せなくなる癖がありました。

なので面接されたらこういう風に答えようと台本を作り、全て記憶していました。

 

それが裏目に出て、面接官に志望動機を聞かれても

「私ハ、市民ヲ助ケル事ガ仕事デアル警察官トイウ仕事ニ強ク憧レヲ持チ、受験シマシタ。」

などとカタカタとした話し方をしてしまい、面接官から

「桜井さんはいつもそんな話し方なんですか。ロボットと話しているような気持になるなあ。」

と言われてしまったのです。

面接中にチャンスを逃す

この時僕は焦りました。

動揺して「もう一度チャンスをください!今のは間違いなんです」と言いそうになりました。

もう散々な面接でした。

 

けれど、なぜか根拠のない自信はあったのです。

失敗したけれどあれも笑い話になるさと楽観的に帰宅しました。

絶望の結果へ

試験結果は不合格でした。

日本語が上手く話せずコミュニケーション能力もない人間なんて採用されるわけなかったのです。

真夏の夕暮れ、セミの鳴き声がやかましく聞こえる部屋で西日を浴びながら一人、僕は声を出さずに泣きました。

 

またあの生活に逆戻りだ。

公園で自分が握ったおにぎりを食べて、自分で髪を切って、ダサい服着て、下向いて歩いて、図書館の新着本だけを楽しみに生きる毎日。

苦しみも悲しみも飲み込んだとき人生が開けた

耐えられるか。

もうやめよう。

面接でも上手く日本語が話せないような奴が受かるわけない。

 

そんなとき、壁にかかっていたカレンダーにある言葉が書いていました

「なみだをこらえて かなしみにたえるとき ぐちをいわずに くるしみにたえるとき

いいわけをしないで だまって批判にたえるとき いかりをおさえて

じっと屈辱にたえるとき あなたの眼のいろが ふかくなり いのちの根が ふかくなる」

まだやれるよ、俺

僕は、ギュウッと唇を噛みました。

「まだやれるよ、俺」

気まずそうにしていた母親に元気よく話しかけました。

 

これはきっと神様が与えてくれた試練なんだ。

だから前向きに受け取ろう。

これを乗り越えたらきっと大きな人間になれる。

 

僕はこれをチャンスだと実感しました。

何故か気持ちも明るくなりました。

最後の面接試験へ

そして、一年後にまたも一次試験に合格します。

迎える二次試験。

日本語が上手く話せるかなど心配はもはやありませんでした。

 

3年間かかったのです。

ここまで勉強した受験生などいないだろう。

そんな自信に満ち溢れていました。

面接室のドアをノックします。

面接にもう緊張などなかった

中に入り、椅子に座ると面接官から「緊張してますか?」と質問されました。

僕は「やっとここまでこれたという気持ちで嬉しいです。3年もかかりましたから」と笑って答えます。

 

面接官は「3年もかかったの?これで落ちたらどうすんの」と驚いた表情で質問してきたので僕は「落ちたらまた受けます」とニカッと笑って答える、面接官もつられて笑い最後まで和気あいあいとした面接でした。

 

僕はこれで落ちたらもう最後にしようと思っていました。

もう出し切ったのです。

体力試験でもライバルに負けないように毎日の走り込みと懸垂、ダンベルと腹筋で身体をムチのように仕上げていました。

鳴り止まないG線上のアリア

僕は合格することしか頭にありませんでした。

それでも不安です。

面接中に聞かれた質問にちょっと変な回答してしまったかもしれないと無意味に悩んでいました。

 

そして合格発表当日がやってきます。

発表は午前10時からインターネットで行われます。

僕は午前9時30分からパソコンの前に座り、何回もリロードしていました。

 

そして10時ちょうどに「第〇回合格者発表」というファイルが画面に現れました。

僕は震える指でファイルを開き、大量に表示される受験番号から自分の番号を探します。

口の中もカラカラです。

 

「あった!」

僕は一人で大声を上げました。

結果は合格でした。

 

身体がなぜかガタガタと震えていてもたってもいられません。

僕は合格したことを友人、そして大好きだったあの子に連絡しました。

数分後、携帯電話のG線上のアリアが鳴り止まなくなりました。

実力よりも感謝できる力が大切だった

この体験がなかったら今の僕は間違いなく存在しません。

当時は地獄みたいだと思っていたが今となって気付くと幸せだったなとつくづく思います。

それは公務員浪人をする僕を支えてくれた親、そして合格した時に心から祝福してくれた友人、他にも数えきれないほどの支えがあって僕は夢を叶えたのです。

 

何かを成功させるときは自分の力なんて5パーセント程度。あとの95パーセントは周りの人の支え。

感謝こそが力。

これに気付けたのが何よりも大きな収穫でした。

神様は越えられない試練は与えない

「夜明け前が一番暗い」という言葉を実感したのはこの時でした。

あの夏の午後、蝉時雨を聞きながら一人で泣いた夕暮れ時を思い出します。

 

神様は越えられない試練なんて絶対に与えない。

 

どん底の冷たさを体験した人間は強くなれる。

強いから優しくなれる。

もし、いまどん底の人がいればエールを送ります。

 

もうすぐ夜明けはきますよ。

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