弁護士から刑事事件について相談を受けました

今日は生々しい事件相談を受けたので詳しくお話しします。

警察官時代の事件の話は機密部署にもいたこともあり守秘義務もあるので詳しく話せないのですが、退職しても相談を受けることがあります。

その中でも今回は警察官を目指す方に興味深い体験をしました。

刑事事件とはどういうものか、被害者から法律の相談を受けるとはどういうものか参考になれば幸いです。

兄が詐欺被害に遭う

話の発端は兄から届いたラインです。

「俺の顧問弁護士に会って話を聞いてくれるかな?」という深刻な内容だったので最初はドキッとしました。

詳しく聞いてみると取引先の会社から詐欺行為に遭って800万円程度の損害を受けたということでした。

領収書も偽造されており、これをどうにか立件できないかという相談でしたが自分で発行した文書を改ざんしても私文書偽造にはあたらないことを説明すると兄は驚いていました。

法律は知っている人が得をするようになっていて、法律を知らなければ損をするようになっているんだなとこの時に痛感しました。

そして交番で勤務していた頃、老若男女問わず多くの人から法律相談を受けていたことを思い出しました。

 

兄の顧問弁護士も事件の方向性に悩んでいて刑事事件について僕に相談したいということで、僕の休日に合わせて兄と一緒に事務所へ行くことになりました。

警察官時代に刑事として身に付けた法律が家族を救えるとは…。

しかも僕は警察官採用試験を受験するときアルバイトを辞めて試験勉強に専念していたので兄から金銭面で色々とお世話になっており、こんな形でお礼できるとは想像もしていませんでした。

 

弁護士事務所に行く前、相手業者と交わした契約書類や領収書を兄から見せてもらいました。

かなり杜撰(ずさん)な内容で、3業者がグルになって兄から契約金や手付金を騙し取っていることがはっきり分かります。

それでも詐欺罪として立件するには証拠が残っておらず、兄が「この書類で訴えれるよな?」と持ってくる書類も証拠不十分で立件することは不可能なのです。

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「これじゃ無理だよ」と僕が書類を返すと兄は「じゃあこれは立件できる?」「これでは無理?」と次々に見せてくるのですがどれもこれも犯罪の構成要件を満たしていません。

この光景は交番で何度もあったのです。

うなだれる被害者といたたまれない表情の警察官。

必ず悪が負けるとは限らないと悟った瞬間でした。

悪質業者はとことん悪質だった

兄は仕事ができる人で色々な有名人とお酒を飲みに行くほど顔が広いのですが、それでも契約となると話は別でした。

相手が自分を騙すわけないと頭から信じ込んでいるので証拠となるものを何ひとつ残していないのです。

そして相手業者は詐欺に慣れているので証拠を残さないよう細心の注意を払っており、お金を振り込みではなく手渡しにしているなどかなり悪質でした。(振り込みではなく手渡しにすると税金逃れにもなるんです。)

 

兄は我慢できず、ついに声を荒げました。

「おい!さっきからお前は何を見ても無理って言うけど何が無理やねん。俺は被害に遭ってるんやぞ?被害者を守るのが警察と法律やろ?」

警察官を辞めてもこのセリフを言われるとは思っていませんでした。

僕は警察官時代に何度も何度も、本当に何度もこの悲痛な言葉を聞きました。

どこにもやり場のない怒りの矛先が警察官に向いてくることは日常茶飯事なのです。

それでも警察官が感情で動くことはできないので、ただじっと被害者に寄り添うしかありませんでした。

日本の法律は「人は悪いことをしないはずだ」という性善説を前提として作られているのでほとんどが被害者にとって不利な内容になっています。

よく「警察は事件がなければ動かない」と批判されますが「動きたくても動けない」というのが本音なのです。

 

兄と僕の間に少し気まずい沈黙が流れます。

僕はこの空気をごまかすように請求書や領収書の束を一枚一枚見ていると、一枚の請求書に目が止まりました。

僕は兄に問いかけます。

 

「なあ、これってどういう意味?」

兄は諦めきった表情で

「それは相手の会社が契約の最後に送ってきた請求書だよ。15万円ほどの支払いだけどそれも工事してもらってないし、お金も返してもらってないねん。でもそんなのじゃダメやろ?さっきと同じで証拠もないしな。」

と言います。

 

これは少額だけど詐欺罪として立件できる。

僕は直感しました。

今までの契約と似ていますが支払い方法が全く違います。

この請求書は第三者を巻き込んだ請求になっているので証人(参考人)も存在しており、詐欺罪として立件が可能なのです。

小さな証拠を見逃さない

たった15万円でも詐欺は詐欺。

数百万円を立件できなくてもこれで訴えることができるんです。

事件ってそういうもので、ひとつの事象だけを見ることなく事件全体をみればどこかに綻び(ほころび)はあります。

詐欺業者も最後の最後に兄を舐め切ってミスをしたんですね。

 

「兄貴、これならいけるよ。相手を訴えることができるよ。」

僕が自信満々に言うと兄も顔をほころばせて喜びます。

「本当に!?俺はお金なんかよりも騙されたことが悔しいねん。何年も依頼してきた業者やのに裏切られたことが悔しいねん。お金なんか戻って来なくて良いから相手に少しでも気持ちを伝えたいねん。」

と僕の目をまっすぐ見て言いました。

被害者の心の傷は想像以上に大きい

相手業者に契約についてクレームを言おうとしても電話もつながらず、弁護士から連絡してもらっても応答なし。

それどころか兄のところに見ず知らずの強面(こわもて)の男が来て「俺らを疑ってるようだけど証拠もないから無理やぞ」と脅されたとのこと。

さぞ悔しくて不安で怖かっただろうなと思うと僕も改めて怒りがこみ上げてきました。

そして僕は兄と弁護士事務所に向かいました。

雑居ビルの中にある事務所で、中に入ると大量の本に囲まれた部屋の一室に弁護士がいました。

70代後半の男性で、痩せて眼鏡をかけて神経質そうな顔をしています。

その男性が僕を見て言いました。

「君が弟さんか。元警察官やねんてな。どこの部署におったんや?」

と言われたので詳しく説明すると

「その部署なら詐欺関係について専門とは違うなあ。まあええか。お兄さんの被害についてどう思う?」

と聞かれます。

あ、試されてるなと思いました。

 

そして僕は答えました。

「業者が兄から巻き上げた数百万については残念ながら立件は不可能です。欺罔行為(ぎもうこうい)を追求する証拠もないので。その代わり15万円については立件可能です。この部分については被害届でも告訴でも被害者として訴えることができます。」

 

弁護士は手をパンと1回叩き、

「そうや!そうやねん!よう分かっとるわ。そこが今回の核心部分やねん。それでな。そこやねんけどたったの15万円で警察は動くか?こういう場合はどうしたらええんや?」

と質問されたので警察に刑事事件を届出するポイントを詳しく説明しました。

弁護士と警察官の違い

弁護士から事件の相談をされたのは初めてで最初は面喰いました。

でも考えてみると事件のことは僕の方が詳しいのは当然なのです。

弁護士は法律相談を受けて裁判を起こす手続きをするのが仕事ですが、警察官は法律をもとに犯人を捕まえるのです。

手錠をはめる立場と、手錠をはめられた人間を弁護する立場は似ていて全く違うんですね。

 

そして弁護士から

「告訴状は書けるか?」

と聞かれたので正直に

「仕事で何回も見てきましたが被害者になったことがないので書いたことはありませんよ。」

と答えると弁護士も笑って

「そらそうやな。それなら告訴状はワシが作るから刑事事件になったら君に任せるわ。とりあえず民事的に訴えてみて、もしそれでも無理なら刑事事件にするから君がお兄さんを助けてやってくれ。」

と頭を下げて言われました。

 

そして弁護士は続けて言います。

「お兄さんは仕事のプロやけど契約面では素人や。人を信用し過ぎるんや。だから人に好かれて仕事も上手くいくんかもしれんけどなあ。」

いつもは豪快で自信満々な兄もこの時は一言も話しませんでした。

弁護士と事件の打ち合わせの最後、兄が今後のやりとりについてメモしている様子を横目で見ていて僕は衝撃が走りました。

兄は自分が持参したメモ用紙に業者の名前を「〇〇氏」と書いていたのです。

こんな仕打ちに遭っても相手への敬称を忘れないって、どこまで素直なんだよ。

少し泣きそうになりました。

僕なら自分から大金を騙し取った相手のことはきっと呼び捨てにします。

それなのに兄は相手を敬うことを忘れず敬称を付けて呼んでいるのです。

 

罪を憎んで人を憎まずってこういうことなのかな。

僕が警察官時代に見つけられなかった答えを兄は持っているのかもしれない。

いつかこの事件が片付いたら聞いてみよう。

僕は帰り路、兄が運転する車の中でそう決めました。

 

「なあ、陸。この車って手離しでも自動で走るねん。外車ってすごいやろ?」

と買ったばかりの車を自慢してくる兄がとても可愛らしく、幼く見えました。

そして夕陽を浴びてオレンジ色に光る高速道路を走りながら、僕は遠い遠い昔、兄と夕暮れまで遊んでいた少年時代を思い出していました。

エアガンを買って二人で戦争ごっこしたり、兄が隠しているAVをこっそり見てバレて殴られたり。

なあ、兄貴。

俺達、あのまま大きくなったよな。

あの頃と何にも変わってないよな。

 

僕は最後まで右手の拳をギューッと握ったままでした。

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